2000/9/30 弁護士

 どんな国家資格も法律に基づいて試験が実施され、認定が行なわれる。その法律をみると、その資格者の任務、役割、使命などが書いている。こういことを世の中でやっていくんだよ、こういう役割をもっているんだよ、と第一条でだいたい宣言している。ほとんどの資格は、XXXの職務に忠実であれ、とかである。あたりさわりのない当然の役割が書いてある。

 でも、一つだけ、ものスゴイ文章が書いている資格がある。それが弁護士だ。どう弁護士法に書いているかご存知ですか?私はみるまでは、「クライアントの法的保護に尽力せよ」とかだと思っていた。

 そうではない。第一条「弁護士の使命」に「社会正義の実現」と明記されているのである。弁護士の使命は社会正義の実現なのである。そのために、弁護士はつくられたのである。社会正義の実現なんて、スーパーマンや、ウルトラマン、ガッチャマン、仮面ライダー達の使命だろうと思っていた。

 実にかっこいい資格で、崇高な使命ではないか。使命だけでみると、まさにスーパーマンの使命と同じなのである。正義の味方!弁護士というわけだ。

 弁護士は、当然法曹界の頂点にたつ資格なのであるから、みなこの弁護士法などは熟読してなったはずである。弁護士と聞くと、安心する。正義の味方だからである。正義の味方なのであるから、悪いことなどいうまでもなくするはずがないのである。

 でも、現実には、正義の味方にはなってくれず、「悪の防波堤」であったり、「金持ちの法律ボディーガード」になってしまっている弁護士もおられるようである。当然、悪人?犯罪を犯した人にも、基本的人権はあるので、それを最大限に守ってあげるのは当たりまえである。でも、人を残虐な方法で殺して反省もあまりしていないようなのに、判決で死刑にならなったというときに、被害者の遺族の前で、被告と笑顔でガッツポーズをとるというにはいかなるものか?どうみても社会正義が達成されたとは思えないのだが。「正義」は自分たちが作ったイメージでなく、国民全体が持つ正義のイメージであってほしい。

 米国映画をみても、だいたい弁護士っていうのは、せっかく逮捕した極悪の奴を法律を駆使して、釈放させにくる人物に描かれており、いやあな性格の奴に描かれている。少なくとも、主人公とともに悪をやっつけるシーンには出てこないようだ。これが米国での弁護士のイメージなのだろうか。また米国では救急車のあとを、車でおっかけている弁護士がいると聞く。ニュースをみても、企業を片っ端から訴えて、気の遠くなる巨額の損害賠償をとって、莫大な報酬を得ているようである。

 日本では、弁護士といえば、「費用が高い、貧乏人とは無縁」「敵にまわさないようにしよう」という悪いイメージもあるかもしれないが、それでも、いいイメージのほうが多い。ぜひ、日本の弁護士のみなさんは、いつまでも、国民から、正義の味方と思われてください。米国のイメージにならないようにお願いします。