. ミュージシャンについて私が酔ったときに書き留めていること
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2006/10/26

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第8回 ランディ・ニューマン
最近ランディ・ニューマンの歌が心地いい。ピアノの弾き語りが主の、シンプルな演奏とだみ声のオヤジの歌である。ランディ・ニューマンの声を聞いていると、いい声、うまい歌とは何なんだろうと考えてしまう。声の美しさ、最高の歌手 というとどういうイメージを浮かべるだろうか。マライア・キャリーやホイットニー・ヒューストンのような声域が広く声量が大きく純度の高い声を連想するのではないだろうか。プロの歌手もかなりの人がそういう方向で能力を伸ばそうと努力しているように思う。子供向けの歌のお姉さんだけでなく、NHKの歌謡ショーなんかでもそういった歌手が様々な歌を歌いこなし、聴衆もそういう歌に満足している。
ところが私が好きなボーカリストにはそういうタイプはむしろ少ない。ボブ・ディラン、マーク・ノップラー(ダイア・ストレイツ)、ジェリー・ガルシア(グレイトフル・デッド)、ジョン・レノン、そしてランディ・ニューマン、決して美声とは言えない面々である。もちろん、だみ声だが物凄い声量とテクニックで歌う誰もが最高のボーカリストと考えるヴァン・モリソンも好きだが、そういうテクニカルな面は歌手に必須の要素ではないような気がする。上に列挙した人たちは皆、自ら作曲して演奏するトータルクリエイターなので専任の歌手に比べて相対的にテクニックがないとも言える。専業歌手は通常高いテクニックがないとプロとして成立しないので、歌手専業の人で上記のようなタイプの人を思い浮かべることは難しい。
ここで一つの疑問が起こる。だみ声で声量のない専業歌手がいてもいいのではないか?
確かにそうなのだがなかなかそれは成立しない。なぜなら、だみ声の魅力と言うのは声質事態の魅力と言うよりは、クリエイターが自分の思いを伝えるために人任せにせず自分で歌うことで芸術を完成していると言う点にあり、人の歌を歌う専業歌手はその条件を満たさないからである。専業歌手には通常高いテクニックが求められる。
ここまで書いてきて、だみ声というのは単に美しくない声という論調になってしまったが、決してそうではないと思う。人一倍感性の優れたクリエイターたちは声への感性ももちろん鋭い。そして彼らの価値観ではよりよい声と言うのは声量や声域や純度ではなく、倍音を如何に鳴らすかということにあるようだ。だみ声ではあるが、それは濁った音ではなく多くの周波数成分を含む微妙で味のある音である。声量を大きくするとその「味」が出ないので彼らはあまり大声では歌わない。彼らの伝えたいメッセージはそういう微妙な「味」の中に宿る、彼らは本能的にそう考えて自分の声を進化させている。その進化の方向が一般の人が考える「うまい歌手」と異なるのだ。
彼らの考えが正しいならば、「うまい歌手の世間的な定義は間違っている。プロの歌手は能力向上を倍音成分を鳴らすことに傾けるべきであり、作り手や聴衆もそういう歌手を認めなければならない」ということになる。実際そうだと思う。では専業歌手にそういうタイプで成功した人はいるのだろうか? 実はカントリーの世界にはたくさんいる。例えば、ジョニー・キャッシュ。ジョニー・キャッシュのような優れたカントリーシンガーは人の歌を完全に自分の芸術に昇華する力があり、自分が作曲した歌でなくても、歌を完全に自分のメッセージとして発信する。だみ声シンガーとしての地位を確立している。カントリーの世界は作詞作曲家と歌手の分業が進んでいるのでそういうことが起こる。そういうことはロックやポピュラーの世界でも起こって欲しいものである。
人というのは奥深いものだ。仕事柄、商品のニーズ調査を行うこともあるがユーザーの意見そのものは真実でないことが多い。意見の裏にある本人も気が付いていない心理を読むことができて初めてニーズ調査は成功する。ボーカルについても観客にうまい歌手の条件を列挙してもらうことは無駄である。恐らくその定義と実際に好んで聞いている歌手の条件は一致しない。人間の趣味趣向と言うのは無意識、本能的に決定することであり本人も本質的になぜそれを選んでいるのかわかっていない。多くの行き違いや失敗はこういったことが原因になって起こるようだ。(2005年9月5日)


第7回ベリンダ・カーライル
小泉今日子(40)・・・という記事を見た。そうか、もうそんなに経つのか・・・
こういう感想を抱くことはよくある。例えば、ベリンダ・カーライルのランナウエィ・ホーシズを聞くとき、そのクレジットに1989年とある。もう16年前なのか・・・(絶句)
ベリンダと言えば、今では当たり前になった女の子を中心としたロックバンドの走り、GO-GO'Sのメインボーカルであり、ソロに独立してからはますます輝きを増したポピュラーミュージック史上最高の女性ボーカルの一人である。ロックなfemale artistとしてはGO-GO'S以降、ティファニーやバングルズのスザンナ・ホフスとかシェリル・クロウとか多くの人がいる。そのなかでベリンダが至高の輝きを保ち続ける理由は、その余りにも「青春な」スタイルによる。最近のfemale artistは才能も技術も時代に応じたすごいものがあるが、何か擦れていて冷めていて、若い世代特有の無垢な狂気とも言うべき熱狂に欠けている。ベリンダの歌はGO-GO'Sといういやに擦れた集団の中にいながらなぜか限りなくピュアであり、聞くものを忘れかかっていた甘酸っぱい思春期に連れ戻してくれる。私の知識の中では彼女以降、そんな気持ちにさせてくれる人はいない。
ベリンダの数々の曲の中でも、La Lunaは特別だ。この手の曲は私はほとんど聞かないのだが、数年に一度巡り合せで聞くことになる。そして、そのたびに泣いてしまう。別に悲しい曲でもないのだが、初めて聴いた当時のいろいろな思いやその後の自分、そして刹那的なメロディによりわけがわからなくなってしまう。聴きようによっては、ヒット狙いのラテン系のありきたりな曲なのだが、恐らく作曲者とベリンダの怨念が絶妙に噛み合い、不朽の名曲に仕上がっていると思う。それほどいつ聴いても感動する。この曲はアルバムの地味なバージョンと、ダンスリミックスがあるのだが、ダンスリミックスがだんぜんいい。若干照れくさくなるようなくさいリズムセクションから入るが、その後の乾いたアコースティックギターの使い方は絶品である。この辺りにさしかかると何もかも忘れて狂乱のダンスに興ずるのが正しい。
と思って、既に16年もたつと思うと恐ろしい。何が恐ろしいと言って、聴いたときの感想が全く変わらないのが恐ろしい。(2005年3月19日)


第6回 ロザンヌ・キャッシュ

ジャンルというのは時に不平等をもたらす。
そのジャンルの王道で、なおかつ人気があればヒットチャートの上位として注目を浴びますます人気が出る。しかしジャンルからはずれていればいかに素晴らしい音楽であろうと「知る人ぞ知る」隠れた名曲として埋もれてしまう。
幸せをもたらすと言う点において名曲はより多くの人に聴かれるべきだが、ジャンルがそれを阻む壁となっている。そもそもジャンルというのはドラムスを使っているとか、リズムパターンがどうとか、反抗的な詩だとか、黒人だからとか非常に外面的なことで分類される。分類がたくさんあるとレコード屋さんが困るので、だいたいクラシック、ジャズ、カントリー、ロック&ポップス、ワールドミュージックといった具合に大きく分類される。これはこれで便利だし、ないと困ることに異論はない。
でも、このジャンルわけの谷間にはまってしまったがために世間から気づかれることなく放置され、偶然めぐり合った人だけのためにじっと待機している名曲はいくつもある。
Rosanne Cashもまさにそんなアーティストである。
ジョニー・キャッシュというカントリーミュージックの巨人を父に持つがためにロザンヌ・キャッシュはカントリーに分類され、彼女も生まれ育った心地よいその世界で音楽を作ってきた。私が彼女の音楽に始めて触れたのは1985年頃、I Don't Know Why You Don't Want Meという曲とRhythm & Romanceというアルバムだ。今見ると可笑しくなってしまうピンクなジャケットとメイクは当時のカントリーの勢いで微笑ましい限りだが、精一杯つっぱってみるものの、却って壊れやすい乙女心(我ながら陳腐な言葉しか思いつかず面目ない・・)が前面に出てしまう愛苦しいアルバムとして青春の一ページを飾る(面目ない・・again)こととなった。
彼女の音楽はとても私的で、常にその方向は内面に向かっている。女性としてのアピールもなく、社会的なメッセージも全くない。自分の心の動きを見つめ、そこから純粋な部分を感じ取り、悲しい歌でありながら必ずポジティブな面を拾い出し感謝の気持ちで音に命を与えて解き放つ。声は限りなく美しく、心に染み入るように純粋だ。
そんな彼女の音楽はあの
Seven Year Acheでブレイクしたときには土臭いカントリーフィーリングを残してものだったが、プロデューサーと離婚し、自らプロデュースしたInteriorsからカントリーでなくなり、かといって流行のものでもなくなった。金銭的にもステイタス的にも何の制約もなく自由な制作環境の下で、真に才能があり、音楽に対して真摯な姿勢で向かえる彼女だからこそ生み出せたピュアな世界はここに頂点を迎える。The Wheelというアルバムは発表から10年という歳月を経て今でも新鮮な感動を私に呼び起こす。何の装飾もない内面的なアルバムだが、何度聴いても聞き飽きない。内面的であっても全く湿ったところはなく美しい声は力に満ちている。このアルバムを聴くたびに純粋な心を、愛を与えられるような気がする。
ジャンルですくうことができなかったがためにセールスも全く冴えないロザンヌだが、女性シンガーソングライター(死語?)としては史上最高といってもいいのではないかと思う。90年代の心のアルバムとしてはThe WheelはガースブルックスのNo Fencesに匹敵する味わいを持っているというのが10年を経た現在の感想であり、この数ヶ月なぜか彼女の何枚かのCDを聴き続けている。 掟破りではあるが、ここにロザンヌの代表曲、セブンイヤーエイクをダウンロード可能な状態で公開する。感動した方は是非アルバムも聴いてみて欲しい。(2004年11月28日記)

第5回 スティーブ・ミラー・バンド
ロックの歴史上もっとも過小評価されているアルバムはロジー・ベラのZazuかもしれないが、メジャーなところではスティーブミラーバンドのサークル・オブ・ラブなのではないだろうか。 誤解されやすい男ではある。スタイルが如何にも力が抜けていて、ロックしていると言うより、怠惰を貪って快楽に溺れることを楽しんでいるかのようである。実は最初からそうだったわけではなく、リビングインザUSAの頃はなんだかロックしていた、のは確かである。その勢いを持続して発表したFly like an eagleの成功で彼は自信をつけ素のままの自分を出すようになってきた、と思う。確かにFly like an eagleは良かった。これまでに聞いたことのないような音楽だった。人はスペース・カウボーイと呼んだものだ。 彼の歌い方は独特で、なんというかスケベっぽいというか、涎をすすり上げる様な実にいやらしく楽しそうな歌い方をする。この歌唱法は他にはジョン・レノンくらいしか思い浮かばないほど特殊(ビートルズが特殊といえるならだが)なもので、このボーカルスタイルゆえにSMBが好きな人は多数いるはずだ。 話を戻すと、Fly like an eagle以降の作品でスティーブミラーは金儲けの呪縛から逃れたのかブルースを基本としたかなり自由なアルバム作りをするようになった。その流れでサークル・オブ・ラブというアルバムをリリースしたのだが、妙に短い収録時間と手抜きのようなB面のためか全く売れないというレコード会社もびっくりの結果を出してしまった。慌てたスティーブは僅か半年後にAB面ともにそこそこの楽曲で埋めたアブラカタブラというアルバムをリリースし直し、これは結構ヒットした。 で、どちらがいいアルバムかと言うと私にとってはサークル・オブ・ラブだ。アブラはその曲こそ今でもナナプラザでかかるほどの名曲ではあったけど、その他の曲は時代に迎合した今となってはあってもなくてもいい曲のパレードである。それに比べサークル・オブ・ラブにはその優しい表題曲とともにハートライクアホイールという妙に力が抜けつつ桁の外れたとてつもない曲が含まれている。この二曲がすべてではあるが、逆にこの二曲のために私にとって今でも時々聞きたくなる魅力を持ったアルバムになっている。彼の類稀な持ち味が抽出され、凝縮されているのが実はこのアルバムかもしれない、というのが私の思い入れである。もちろんSMBの他のアルバムも素晴らしい。売らなくなってからのイタリアンXレイズやライブアルバムも大好きだ。彼のカントリーフィーリングとインモラルな雰囲気(Bスプリングスティーンのような正義溢れるアメリカという雰囲気を鼻で笑い、美女を抱きながらマリファナをくゆらせワインを飲むという悦楽的な空気を持っている)がメジャーに成りそうでならない、日本で人気が出ない原因になっているのはわかるが、もっと熱狂的なファンがいてもおかしくない人ではある。 (2004年3月16日記)

第四回 スティーリーダン
エルビスは音楽の表現が形式に囚われる必要はなく、思ったまま気持ちよく表現すればいいことを示した。ジョン・レノンはエルビスが示した形式からの脱却は一通りではなく、アイデア次第でどんな形にでもできることを示した。そしてロック、ジャズ、カントリー、R&Bという音楽は無限のバリエーションを持って頂上を目指すことになった。それは聖者が「頂に至る道は一つではない。あるものは瞑想により、あるものは仕事により、あるものは・・・」と語るようなもので、様式が失われた分、誰が素晴らしいのか人それぞれ判断が異なるという結果を招くことにもなっている。
ポピュラーミュージックの優劣は何で判断するべきなのか?プロのミュージシャンやプロになろうとしているミュージシャンは極めて現実的で、「メロディは適当でいい。要はそれを如何にアレンジし、コードを加えるかだ」と言う。事実、ヒット曲の多くはメロディよりも甘美なコード進行が決め手になっているし、流行の楽器とアレンジのパターンをうまく取り入れている。一般の人は曲はメロディだと思っているが実際は、ビジネス的には流行のコードをタイミングよく鳴らす方が重要である。ボブ・ディランの歌は本人のバージョンでは殆どコード(ハーモニー)が加えられていないため多くの人が何がいいのか理解できない。が、彼のカバーを聞くとそれがどんなにすごい曲だったかに気付く。カバーはシンセやギターでハーモニーを加えているからだ。 (音楽のもう一つの要素、リズムは実はそれがすべてと言っていいほど重要なのだが、曲ごとに新たに生み出されるという性質のものではないのでここでは取り上げず、またの機会に議論したい)
 結局、ヒット曲の多くはそのような装飾によって生み出されるわけであるが、時代を超えて普遍的で本質的なコアなロックを生み出そうというミュージシャンたちもいる。そんなミュージシャンの中でライブとスタジオそれぞれの究極と言えるのが、グレイトフルデッドとスティーリーダンではないかと思う。 もちろん、音楽はジャンルに関わらず日々新たなアイデアが試され進化しているので過去の一時点取り上げて究極などと言うのはおかしな気もする。が、究極は一つや二つでなくてもいいと思うし、私の中でとりあえず究極と言えばこの2バンドであるので大目に見て欲しい。
GDは自由奔放でメンバー固定のライブ、SDはメンバーは曲に応じて変更しイメージ通りになるように何度でも録音し直すという対極のバンドであったが不思議とファンが共通のようだ。SDのホームページには一時期大きく"Welcome Dead Head"とリンクが張られていた。この二つのバンドに共通に言えることはどちらもハイファイ志向であったということだ。形式は異なるが音の良さに関してはスーパーマニアと言えるほど執着していたらしい。そしてその成果は素晴らしい・・・。
スティーリーダンのアルバムはファーストからGauchoにかけて物凄い勢いで進化していく。 どのアルバムも傑作と言えるが、彼らの音楽性は初期の、ダーティで混沌とした世界観をジャズの要素を取り入れながら泥臭く表現した作風から、完全なアレンジと完全な演奏に基づく超一流の音の世界へと大きく変化している。
結局最後までメジャーというほどにはならず、ミュージシャンのためのミュージシャンとしてセールス的には赤字にならない程度であったと思う。そこそこ売れたとしてもスタジオに投入するミュージシャンの数が尋常ではないため経費がかかり過ぎていたわけだ。そして大衆に迎合することも全くなかったので特にThe Royal Scamまでは一般人には理解できないような作風で、「ミュージシャンは絶賛するがオレは何がいいのかさっぱりわからん」というのが一般的な見方だったと思う。 当時は私も含めてせこいラジカセで音楽を聴いている人が多く、彼らの音の素晴らしさがわかりにくかったということもあったと思う。私が彼らの音楽に初めて接した曲は当時小ヒットしていたPEGだったが、悪い音質で聞いていたため「出来の悪いヒット曲」としか思わなかった。ステーリーダンが改めて注目を浴びたのはメンバーの片割れ、ドナルド・フェイゲンがソロでThe Nightflyをリリースしたときだった。それがなぜか「チョーおしゃれなシティーミュージック」とボズスキャッグスと同じように捉えられ、デザイナーズブランドみたいなものとして流行に乗ったときに回顧されたのがGauchoでありAja だったわけだ。 しかし、私のとってナイトフライは何かが足りなかった。悪くはないが、ガウチョの方がはるかに良かった。そしてそのときに長らく謎であった二人のメンバーの役割分担が明らかになった 。そしてその後、Rosie VelaのZAZUを聞いてそれは確信に変わった。このアルバムはベッカー&フェイゲンとプロデューサーのカッツが全面サポートしている女スティーリーダンというべきサウンドである。私の知っている限り、これほどの傑作がこんなに無視されている例は他にはない。It's more cool records storeで未だ手に入るみたいなので是非聞いてみて欲しい。
スティーリーダンといいのはご存知のように、固定メンバーはドナルドフェイゲンとウォルターベッカーである。他のスタジオミュージシャンは曲のイメージに合わせて雇用され徹底的にしごかれて録音される。この二人のメンバーのどちらが天才なのか、或いはそれぞれ何らかの役割分担があるのかというのが私の、そして音楽業界の関心の的であった。偉大なバンドというのは二人のメンバーからなるというのはよくある話である。ビートルズはレノン&マッカートニーであったし、ワムはジョージマイケルともう一人である。ビートルズの場合はレノンがあらゆる面で天才であり、ビートルズのほとんどであった。もちろんポールもメロディメーカー&エンタティーナーとしてはレノンに匹敵する天才であったが、アイデア、コンセプト、思想、知性という点では割と平凡だった。ワムに至ってはジョージマイケル一人で100%だったと言ってもいい。 それでスティーリーダンはどうなのかというのが関心の的だったわけである。ナイトフライは悪くはなかったが、モノクロのジャケットのイメージそのままに何か色彩が足りないような気がした。構成は完璧だが、 スティーリーダン特特の毒のあるダーティな世界観も感じられず、揺れ動く悲しみや快感といった「味」という要素も欠落しているようなそんな感じなのだ。 音的にいえば、非常に洗練されているが、ギターやピアノが十分に歌っていない。音と言うのは機械のようにかっちり決まるより、揺らいだりずれたりすることで人の温もりや味わいが増す。フェイゲンの音楽にはなんだかそれが欠けているような気がした。そうこうしている内に、ベッカーのプロデュース作品であるリッキーリージョーンズやチャイナクライシスがリリースされ聴いた。そしてわかった。それらの作品には色彩が溢れていると。
どうやら、絵画に例えれば、形状(デッサン)をフェイゲンが、そして色彩をベッカーが担当していたようだ。彼らの音楽の完全さは二人の形と色に対する完璧な感性で構成されていたのである。後にベッカーのソロもリリースされたがこれはキャンバスに絵の具がまとまりもなく塗りたくられたような形のない色だけの、50分聞き続けるのは困難な失敗作であった。
最近、スティーリーダンは復活してライブもアルバムも定期的にリリースしている。評価も高いようだ。でも私から見れば、ガウチョよりかなりよくない。ひょっとして、第三のメンバーともいえるプロデューサーのゲイリーカッツも何か担っていたのではないだろうか?
レノンとマッカートニー、ペイジとプラントの出会いといったようにこの二人が出会わなかったらこうはならなかっただろうという奇跡がロックの世界にはあるが、フェイゲン&ベッカーもまさにそんな組み合わせだったと言える。同じように、スティングとジョージマイケルが出会っていたら、マークノップラーやライクーダーやトムペティといった人たちが誰かと出会っていたら、なんて考えるのは私だけだろうか。 (2004年1月8日記)

第三回 エルビス・プレスリー
エルビスを賞賛するのは簡単だ。ロック、R&B、カントリーに携わるあらゆるミュージシャンが彼の偉大さを語る。そう、神であるかのように。
私が彼の音楽に初めて接したのは小学校6年生のとき、1976年である。エルビスに接したというか、音楽というものに興味を持った初めての年齢である。そのときなぜエルビスを聞いたのか、よくわからない。同時にカーペンターズ、アバ、ベイシティローラーズといった洋楽を聴いていた思い出がある。なぜかビートルズは聞いていなかった。外人といえばマリリンモンローかアグネスラムという時代である。インターネットもタワーレコードもなく、「 片平なぎさやフィンガーファイブだけでなく、外国にも何人かのスターがいるんだ」と子供心に思った。子供なので既に無数のミュージシャンが活動しているなんていう事実は知らない。マスコミで大々的に紹介されていたベイシティローラーズかブルースリーがとにかくすごいらしい、その前にはエルビスとかビートルズがいたらしい、くらいの情報しか入ってこなかった。
で、エルビスだが、たぶんその時たまたまムーディブルーという今となっては彼の遺作となった作品をFMでやっていたのに影響されたのだと思う。そのときはレンタルレコードもなかったので、FMの深夜にやっていた一人のアーティストのすべてのアルバムを放送すると言う確か(宿敵)ソニーが提供していた番組で取り上げていたエルビスというのも意識していたと思う。 そのときのシングルはウェイダウンという何てことのない曲であったが、同時に過去の曲も取り上げられることが多く、全く「たまたま」彼の曲を録音しては何度も聞いた。
個人の音楽的趣向と言うのは最初に聞いた音楽で決定される、というのが私の持論である。そこで感性がチューニングされるが、私の場合、幸か不幸かエルビスがそれだった。しかも、彼は1977年に死んでしまい、そのときの追悼番組やら何やらでますます刷り込まれてしまった。今、グレイトフル・デットやカントリーミュージックが好きなのは多分エルビスのせいだ。日本ではそんな趣味、単にヘンな趣味なので誰も共感してくれない。が、アメリカ、テネシー州に行ったとき悟った。私の趣味はアメリカ人よりアメリカらしいと。友達のクレアもロビンも驚くほど話があった、というか日本人なのにランディ ・トラビスを歌い、キャット・スティーブンスの思い出を共有できるということにとても感動してくれた。 アメリカ人というのはグレイスランドを訪れなくても多かれ少なかれエルビスが音楽的基準になっている、そんなことを発見したアメリカ滞在であった。
本題からはずれてしまったが、今、テレビでエルビスを見て思うのは、彼はやはり神の化身みたいなものではないかということだ。インドでは神の化身(アバター)としてクリシュナやラーマ王が降臨したというが、エルビスはまさにそんな感じだ。突然現れ、そして役目を終えたとき唐突に逝ってしまった。誰から教わったわけでもなく、まさに天才としか言いようのないパフォーマンスを創造し続けた。歌もダンスも何もないところから生み出したのだ。音楽が無限に湧き出したモーツァルトに匹敵する奇跡が起こっていたと思う。あの一連の音楽が100%オリジナルであるというのは信じられないことだ。人間というのは時として、時代の要求により本人も自覚していない地球的な役割を無意識に実現してしまう(例えばそれはキリストであったり、ダビンチであったりする)ということが、ショービジネスの世界で起こった稀有な例がエルビスだというのが現時点での私の結論である。  (2004年1月4日記)

第二回 ジョージ・ストレイト

 George Straitを知っているだろうか。周りの誰に聞いても知らないと思う。ではアメリカではどうだろうか。マイケルジャクソンと同じくらい誰でも知っているはずだ。ジョージ・ストレイトはアメリカ音楽シーンにおいて今やエルビスの後継者と言えるほど不動の位置を占めている。アメリカが生んだ音楽ジャンル、カントリーミュージックの頂点に立つ男として誰もが認める巨人 である。
私が彼のレコードを始めて聞いたのは4枚目のアルバムDoes Fort Worth Ever Cross Your Mindの発売の最中だった。1984年だったと思う。この頃はカントリーシーンが最高に盛り上がっていた頃で、ケニーロジャースやウイリーネルソン、クリスタル・ゲイルのようなポップでメジャーな方向に向かっていたカントリー業界においてトラディショナル回帰という気概を持った新旧ミュージシャンが多くの傑作を残した、映画で言えば1970年前後のようなとてもクリエイティブな時代であった。Ricky SkaggsやJohn Schneider、そして数年後にはDwight Yoakam,Ricky Van Shelton,Randy Travisといった極めてレベルの高いシンガーが数多く出ている。 カントリーミュージックのルーツは大きくハンク・ウイリアムスのホンキートンクとビル・モンローのブルーグラスに大別される。もちろんジミー・ロジャースの裏声を多用したブルーヨーデルやカーターファミリーのギター奏法も大きな要素ではあるがジャンルとして大きな流れになっているという程でもない。ジョージ・ストレイトはホンキートンク と彼の音楽の特徴となっているウエスタン・スウィングを復活させた男である。ちょうど同じ時期にブルーグラスを復活させたのが、リッキー・スキャッグスという弦楽器の 達人(ボーカルもすごいが、フィドルとギターとマンドリンがとんでもなくうまい)だが彼についてはまたの機会に紹介したい。
そんな中、私はワゴンセールでGeorge StraitのRight or Wrongというアルバムを見つけた。安かったし、このアルバムが彼の3枚目として長らくチャートの一位に座っていたことも知っていたので買うことにした。Does Fort Worth Ever Cross Your Mindという曲が淡々としたジョン・アンダーソンのような曲だったので実は余り期待していなかったのが正直なところである。が、聞いてみてぶっとんだ。30分にも満たないそのアルバムはなんだか分からないが私の心を捉え、毎日何回も聞き続けるという異常な状態が数年間続いたと思う。私の人生においてもっとも多くの回数聞いたアルバムはたぶんこのアルバムである。これに匹敵するのはガースブルックスのNo FencesかダイアストレイツのBrothers in Armsだと思うがたぶん、Right Or Wrongの方が多い。
なぜそんなに魅力があるのか、なぜそんなに何回も聞いても飽きないのかは今でもよくわからない。普通、カントリーミュージックというと土臭い、泥臭い、親父臭いフィーリングが不可欠なものである。が、なぜか彼の音楽にはそれがない。若々しく、清涼感を感じる。だがその当時のポップカントリーと異なり、時代に迎合もした装飾もなければ甘い歌い方もしていない。演奏はカントリーそのものであり、彼の歌唱方法もマール・ハガードやジョージ・ジョーンズの後継者と断言できるほどカントリー・フィーリングに溢れている。カントリーミュージックに期待するすべてがそこにあったとしか言いようがない。
その数年後に、テネシー州ノックスビルで彼のコンサートを見たときにわかったことがある。彼の声は異常にいい。いくつものコンサートを見たことがあったし、その晩も前座の(キャシーマーティだったか)シンガーの歌を聞いた。 がその経験と比較しても、その時のジョージの声はそれだけで圧倒的に素晴らしかった。バックの演奏なんかどうでもいい。声だけで腰が抜けてしまうほどの快感があるのだ。何とも不可思議だが、余りにもおいしいもの、うまい酒を飲んだ 後の「これ何か入ってるんじゃない?」と言いたくなる、ジョージの声はそんな感じだ。恐らく、倍音成分を絶妙に含んだ、カントリーシンガーとして100年に一人くらいの喉を持っているのだと思う。あの声は誰も真似できないと思うのだ。歌唱法 も声量や音域も声質も非常に普通の声なのだが、無意識に虜になってしまう。そんなシンガーは他にはいないのではないだろうか。
もう一つ、異常なことがある。彼は1980年のデビューアルバムStrait Countryから現在に至るまで一年に一枚、きっちりニューアルバムをリリースし続けている。クリスマスアルバムは2枚あるがその年はレギュラーアルバムと合わせて2枚のリリースということになる。その他ベストアルバムも出すが、それを売るためにレギュラーアルバムに含まれていない新曲を加えるなんていうせこい事は絶対にしない。そして1984年以来すべてのアルバムを買い続けているが、1枚、1曲として手抜きはなくそのレベルは極めて安定している。#7の次のア ルバムOcean Front Propertyで私はがっかりした記憶があるが、今そのアルバムを聞き返してみるとなぜがっかりしたのかがわからない程いいアルバムだ。しかし、最近その2枚のアルバムの間に彼は息子を交通事故で失っていたことを知った。その影響が若干出ていたのかもしれない。 当時、#7に至るまで異常なテンションで彼はアルバムを出していたし私も毎年楽しみにそれを聴いていた。その異常な状況はそこで一旦途絶えたと私はその時思ったが、 これほどコンスタントに質の高いアルバムを出し続けているトップミュージシャンは他にいない。そして2001年のThe Road Less Traveledを聴いたときこれはRight Or Wrong以来、彼の2度目のピークだと思った。私はこのアルバムを聞いてRight Or Wrongの頃を思い出した。そして長い旅を彼とともに続けていることを本当に幸せだと思った。
ジョージ・ストレイトを悪く言う人はいないと言われる。アメリカ人にとって彼はもはや基準であり、謙虚な態度とカウボーイとしての穏やかな生活はアメリカ人の夢と言われるほどになっている。ミュージシャンとしてはエルビス・プレスリーに匹敵するアメリカの心として現在もその後も長らく人々に愛されることはもはや間違いないことである。そしてその カントリーミュージックにおける音楽的業績もポピュラー音楽におけるビートルズのように巨大なものになりつつある。 (2004年1月3日記)

第一回 エリッククラプトン
悲劇のギタリストである。いろいろな意味でそういう言葉の似合う男である。彼の悲劇性というのは、ドラマティックな人生を送り悲しみに満ちたプレイを常に行ったという意味ではなく、むしろ逆説的な要素が強い。ヤードバーズ、クリーム、そしてソロになる過程で彼が目指していたのは「渋いブルースギタリスト」であった。しかし彼の才能は平凡すぎた。平凡すぎて何を弾いても空気のような耳あたりのいいBGMとしての意味しか持たなかった。演奏技術が卓越していたにも関わらずだ。同時代のジミヘンやデュアンオールマンが何の目的意識も持たず、本能のままピッキングした結果が、未だ誰も超えられない演奏なのは彼らが天才だからである。デュアンとエリックが競演したアルバム、Laylaは白人ブルースアルバムとして不朽の名作だが、それはデュアンの演奏が人間離れしているからである。皮肉なことに競演によりエリックの演奏の平凡さが際立ってしまっている。
ワムのジョージマイケルはスティングのような芸術性溢れる作品に憧れ、レコード会社と喧嘩してまで世紀の傑作を生み出すことにこだわった。メロディメーカーとしてポールマッカートニーに匹敵するとまで言われた天才であったが結局作品は気合が空回りした平凡なものだった。それはモーツァルトがベートーベンを目指すようなものでアプローチがそもそも間違っている。芸術性は既成概念を突き抜けたところに存在し、それは努力によって得られるものではない。ジョージマイケルはスティングのような「研ぎ澄まされた人生への洞察」といったものを目指すべきではなく己のメローな才能をとことん追及すべきだったのだ。アプローチのミスマッチと言える。 同様にエリックは、デュアンのような別次元に飛翔するようなプレイではなく、バンヘイレンのようなテクニック至上主義の世界に行くべきだった。だが彼はそうしなかった。そこに悲劇があった。
悲しみに満ちた心を揺さぶるようなブルースはどうして生まれるか。その方法は二つしかない、一つは、知性や洞察力により状況を経験したかのように再現すること、もう一つは自分自身が演奏に対応する経験をするかだ。ブルースの巨人たちは前者により、無限のイマジネーションを演奏に昇華することができた。エリックは違う。平凡すぎる彼のイマジネーションを補うために、彼は悲劇的な人生を選んだ、と思う。恋人の略奪婚、麻薬漬けからの脱却、息子の死。その度に彼の目指す作品は生み出された。特に461 Ocean Boulevardは飾り気のないエリック自身がもっとも素直に表現された、彼の代表作だと言える。
先日、ツェッペリンのライブDVDが発売されたときに嬉しくて、24歳の新入女子社員に同意を求めた。彼女がエリッククラプトンが好きだと言っていたからだ。しかし、彼女は言った。「やだー、オヤジー。ツェッペリンとエリックは全然ちがうー、一緒にしないで」つまり、彼女からすればエリックは同時代の洋楽シンガー、ペイジはビートルズのような昔の人ということなのだ。私が「ペイジもエリックもヤードバーズで名を上げた同時代のギタリスト」といくら主張してもだめだった。 わかってもらえただろうか、エリックは自分がなろうとして必死に頑張ったブルースギタリストではなく、もっともなりたくない、カッコ悪いメローなポップシンガーとして確固たる地位を築いてしまった、そこが悲劇なのである。 (2004年1月2日記)

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最終更新日 : 2005/09/03