「あの、・・・晶?」
「え、何?」
「その、・・・ちょっと訊きたいことがあるんだけど。」
「なんなのよ、妙にへりくだった物言いね。言ってみなさいよ。」
僕はすうっと息を吸い込むと、少しばかりの期待とちょっとばかりの不安を、『溜息』と言う名のオブラートに包み込んで吐き出した。
「晶が僕のことを好きって言うのは本当なの?」
一瞬にして時間の止まった喫茶店内。
大型のクーラーも斯くやと言わんばかりに急激に下がった室温。
そして未来永劫まで続くのではないかと思われる、晶が僕に向けて放つ凍った視線の束。
僕としては「薄氷を踏む思い」程度の質問内容だったハズなのだが、どうやら踏み抜いた氷の下には500ktクラスの水中機雷がいくつも待ちかまえていたと言うことを、僕は、・・・・・・たった今知ったのだった。
Keep the Dream Alive !!
・・・ハッと気がつくと、晶は俯いていた。おっ、怒らせちゃった、かな・・・。
「アナタって・・・。」
本気で怒った時は声の調子がフラットになるって聞いたことがあるけれど、今の晶が正にソレだ。ヤバい、マジで怒ってる・・・・・・。「ホンットに何も・・・判ってないのね・・・。」そう言ってすすり上げる晶。
・・・え?
まっ、まさかあの晶が泣いているのか?!マズイ。いくらなんでもこれは予想外にまずい。落ち込んだ晶を慰めることはあっても、泣いている晶を宥めるなんて僕は初めての経験だぞっ?! うっ、うわうわうわっ、どどどうしよう?!
「あっ、あの、いやそのー、僕っていっつも晶と会うと、ホラ、必ずいつも僕が待たされたり、たまに僕が晶を待たせたりなんかすると妙に奢らされるし、いやっ、そーゆー問題じゃなくってそのなんと言うか、晶の気持ちはちゃーんと知ってるんだけど、つい確かめたくなっちゃったって言うか、好きな娘にはわざと意地悪をしたくなる幼稚な愛情表現と言うか、つまりこれは条件反射で言うところのパブロフの下僕って言うか・・・。」
・・・ちょっと待て。『パブロフの下僕』ってなんだ? いやそーじゃない。そーじゃないだろうこの場合。
僕が口を閉じて少々の自己嫌悪と共にアレでソレなマイ・ワールドに突入しようかと言う矢先、それを制するかの様に晶の口が再び開いた。
「じゃあどうすればいいの? どうしたら私の素直な気持ちがアナタにまっすぐ届くの? それとも、いちいちちゃんと口にして説明しないと判らないの? 私たちって、そんな関係だったの?」そしてまたひとしきりすすり上げる晶。
う゛っ、何だか妙にしおらしい・・・。
僕はアタマの片隅で、いつもの勝ち気で元気な晶もいいが、こんな風に可愛らしい晶も捨てがたいと言うか、・・・だからさっきから違うって言ってるだろうが、しっかりしろよ自分っ!!
ふと目に入る、すぐそこにあるガラス製のシュガーポット。
そして僕の目の前には、まだ二口ほどしか飲んでいないコーヒーのカップとソーサー。
・・・閃いた。
「あー、悪かったよ晶。じゃあさ、今から僕の言うことを少しだけ聞いてくれる?」
「・・・?」晶はゆっくりと顔を上げる。しかしその表情は、長い髪に遮られてよく判らない。
「口にしなくてもいいから、晶の気持ちを教えてよ。」
「どうするの?」
そして僕は、ちょっとだけ得意げになって話しを続けた。
「僕の目の前にコーヒーカップがあるだろう? そのカップの中に、晶の僕に対する想いの分だけ砂糖を入れてみるってのはどう? うん、いくらでもいいからさ。そしたら僕、その気持ちに答えるイミでも、そのコーヒーを全部飲んでみせるよ。」
「・・・本当?」
「うん、絶対だよ。」
「・・・判った。じゃあ、・・・恥ずかしいから向こうを向いてて。」
「いいよ。・・・これでどう?」僕は喫茶店の窓から外を見つめる。
遠くに陽炎。
近くにはTシャツ姿の小学生。
向こうには向日葵の黄色。
肩を並べて歩くカップル。
店先では打ち水。
蝉の声。
白い入道雲。
陽射しは強く、今が夏休みのまっただ中なのだということを今更ながらに知る。
と。
『ドササササササーッ』という誠に景気のいい音が僕の耳に入ってくる。・・・えっ、・・・も、もしかして?!
「もう、いいわよ。」
僕はそう言われるや否や体ごと晶の方にガバッと向き直った。
果たしてそこには、カップはおろかソーサーからも零れそうな勢いで盛られた砂糖が、まるでなにかのオブジェさながらに僕の前に鎮座ましましていたのだった。
僕はと言えば、あまりのことにちょっと声が出ない。「あっ、・・・晶?」それだけ言うのが精一杯だった。すると晶は恥ずかしいのかモジモジとした様子で、ゆっくりと言葉を繋いだ。
「思ってた以上だったでしょ?」
「う、うん。」今度は僕の方が恥ずかしい気持ちになり、照れてしまった。そう、思い返してみれば、晶ってこういう直情的なトコロがあったんだっけ・・・。
「約束よ。それ、全部飲んでよね。」ようやく顔を見せて、晶はニッコリと笑う。子供の頃は、あんまり砂糖を摂りすぎるとお腹に虫が湧くなんて脅かされていたっけな、なんて思考がチラと頭を掠めたが、しかし僕はこの気持ちに答えなくてはならない。
意を決して一口、そのオブジェを飲んだ僕は、・・・しかし次の瞬間、喉を押さえてのたうちまわった。「§○∇▲-□×∞(^^;A+√★⇔∫♪#÷¶※?!!」
「約束よ。それ、全部飲んでよね。」今度は少々意地悪な口調で同じセリフを繰り返す晶が、僕には小悪魔に見えてくる。
カップの中身は、・・・砂糖だと思っていたものの正体は・・・。
「これって塩じゃんかー?!」
「当たり前じゃない!!」さも当然と言わんばかりの勢いで晶は断言した。
「アタシはそんなに甘くないわよー。クスクス。」「でっ、でもこれは・・・。」
「ダーメ、ほら、早く飲んで見せなさいよ。」
ううっ、余計なことを聞かなきゃ良かったよ・・・。
塩入りのコーヒーよりしょっぱいもの。それは自分の流した涙だということに初めて気がついた僕であった・・・。
Fin.
★・・・俺ってラヴラヴだめぢゃんか!!(核爆)
〜“Sentimental Graffiti”はNECインターチャネル/マーカス/サイベル/コミックスの著作物です〜