〜 陽の当たる場所 〜(一) 中学を卒業するという僅か三日前に、僕は彼女に突然フラレた。
いや、元々は向こうから交際の申し込みをしてきたのに対し、僕が特に考えもなく「いいよ。」と返事をしたのがつきあいの始まりだったから、フラレたという表現はこの場合当てはまらないか・・・。
「来るものは拒まず、去る者は追わず」と言うところだ。
とにかく、嵐のように目まぐるしかった僕の「自覚なき恋人」の時間は終わった訳だ。
これからは希望した高校の教室で、教科書を広げるだけの毎日となる・・・・・・ハズだった。
(二) 一体なにがキッカケだったのか、今ではもう思い出せない。
気がつけば僕は、無我夢中で手当たり次第にナンパして歩くただの「オス」に成り下がっていた。
通学時の電車の中で、休日の繁華街で、傍目には「白痴」にも見えそうな明るさで、僕は女の子に声をかけまくっていた。
ナンパを始めたもともとのキッカケからして既にあやふやなのだから、
たまに本当にナンパに成功しても長続きするハズが無い。
悪い噂は徐々に広まり、やがて誰も僕の話しかける言葉に返事をすることはなくなった。
僕は訳も分からず「勝った!!」と思った。と同時に、僕は「オンナという生き物」全てから、一度徹底的に嫌われてみたかったのだということを自覚した。
一方的に交際を申し込んで、一方的に別れ話を切り出した中学時代の彼女の顔が、頭の片隅で一瞬ちらついて消えた。
「我ながら、なんて幼稚な発想なんだろうか・・・。」
・・・でもやり遂げてしまった。そのことに気づいた時は可笑しくて大笑いした。笑いすぎで涙が出た。
自業自得というのもおこがましい。しかしある日、ふと冷静になって考える。
僕は一体どうしたと言うのだろう・・・。
(三) 高三になった時、たまたま同じクラスになった女の子を少し意識し始めた。
彼女も僕の噂を知っている筈だったが、でも普通に接し、話しかけてくれた。
名前を「山本るりか」というらしい。
なんだか「普通に」というのがとても嬉しかった覚えがある。
調子に乗ってこちらから話しかけたりし始めた頃、周囲のオンナどもがワイワイと言い出した。
悪かったよ、すまなかったね。僕も今ではすっかり改心したのさ。
だから、せめて彼女と日常会話ぐらいはさせてくれよ。
・・・その彼女には東京に恋人がいるらしいという噂を、僕はある日友達から耳にした。「訳アリらしいよ。」とも。
それを聞いた僕の虫の居所が途端に悪くなった。表情は暗くなり、男友達と話すのも億劫になった。
挙げ句、今度は僕の悪い噂を知らないであろう下級生たちに声をかけ始めた。
なんだか、もう全てがどうでも良かった。
(四) 図書室で今日も目的の無いナンパを決行し、案の定全滅した帰り道。
「なにを無理してんの?」と、彼女------山本------に後ろから呼び止められ、・・・僕は虚をつかれた気がした。
咄嗟に切り返す余裕なんかあったものじゃ無く、うっかりこんな返事が口をついて出てしまった。「ひょっとして、・・・バレてるの?」
すると山本はちょっとだけ真面目な顔になった。
「うん。だってアナタってものすごく辛そうにナンパしてるんだもん。
最初は本当にただのナンパ師かと思ってたけど、・・・どうやらみんなが言うようなカンジの人じゃないのね。」・・・・・・僕の完敗だ。見抜かれてしまったんだ。
もう、ぐぅの音も出やしない。
見ていたのだろうか。図書室から? ずっと?
・・・だけど、どうしてそんなことが解ってしまうんだろう?
そこまで来て、僕はようやく思い当たった。他人の辛さが分かるということは、現在の山本自身がなにか辛い目に
------例の「東京の恋人」のせいで------ 遭っているからなのではないだろうか?
考えがそこまで及んだ時、僕はちょっとだけ聞いてみようと思った。
「山本は・・・。」
「なに?」
「なんか、辛いことあるの?」・・・今度は山本の視線が泳いでいた。
「えっ、う、ううん。別に、なんにもないよ。どうして?」
「辛そうに見える僕に、わざわざ声なんかかけるからだよ。」そう言って、僕は笑ってみた。自然に出た笑いだった。
「う〜んそっかぁ、しまったなぁ。バレないように注意してたつもりなんだけどなぁ。」
そう言って山本は、頭を掻きながらちょっと困ったように笑っていた。
・・・図星だったんだ。やっぱり。
その日から僕達は親友になった。僕は何に対しても余裕が持てるようになった。
なにより山本に完璧にバレている以上、もう無理をするのはやめたからだ。
それに山本と「二人だけの秘密」が持てたことの方が、僕にはなにより嬉しかった。僕を見る周りの目も変わった。
それはおそらく、山本が僕と教室で交わす会話を聞いていた連中(特に女子)が、徐々に僕への認識を新たにしたからではないのか。
・・・遅すぎる気もしないではないけど・・・。
本当、「山本さまさま」だな。・・・いつも遊び友達の輪の中心にいながら、しかしときおり見せるどこか遠い、
そして深い悲しみをたたえた瞳を、今は僕だけが知っている。
こんな顔、きっと例のカレシにだって見せたことないんだろう。(五) 季節は過ぎ、もうヒグラシの声もすっかり絶えたとある日曜日。
僕は偶然に、本屋から出てくるるりかを見つけた。
彼女も僕に気づくと、・・・しかしちょっとだけ、こわばったような表情を見せた。僕はそんなことにはお構いなく近づいた。
会って、・・・もし二人きりで会えたら、少なくともお礼だけはちゃんと言おうと前々から思っていた。いや、正直に言おう。僕はいつの間にかるりかにどんどん惹かれてしまっていた。
だからと言う訳では無いが、一度デートらしきものに誘ったりもしてみた。
・・・無論、彼女はあっさりとかわしてくれたのだが。だからせめて・・・。「おーい。」
「あっ・・・。」ますます表情が硬くなる。なんだろう?
次の瞬間、僕は全てを理解した。彼女に遅れること数秒、本屋から僕と同い年くらいの男が出てきてるりかに声をかけたからだ。
アイツが噂のカレシか・・・。
気まずい思いの僕と、とまどうるりか。
幸い、「彼」はまだ僕とるりかの間柄なんて推察できる訳もない。・・・どうする?
・・・一瞬の出来事だった。
僕とるりかはお互いの顔を2〜3秒ほどしっかりと見据えると、ほとんど同時に「「あっかんべー」」 と、やりあった。
二人ともいたずらっ子のように少し笑いながら。
・・・しかしお互いの心にかすかな痛みを伴って。
その様子を見て呆気にとられる彼の方へ、くるりと踵を返し駆け寄る彼女。
・・・いい顔、してるよな。最高にいい顔だよ。
彼と彼女に背を向けた僕は、でも妙にスッキリした足取りで本屋に入った。
来年の受験のために、参考書を何冊か吟味する。
しかし、その時の僕はどんな文字を読むこともできなかった。(六) 卒業式。
詰め襟を外して、くだけた表情になった友達がこう言った。「オマエ、最近いい顔してるよな。やっぱりアレか? 卒業して新たな出会いを期待しているからか?」
僕は首を横に振ると、ちょっとだけ作り笑いをしながらこう答えた。
「男と女の間にだって友情は成立するっていうことを身をもって知ったからね。貴重な経験だったよ。」
「ふーん、例の山本のことか・・・。あっ、じゃあな。俺、寄るところあるから!!」
それ以上は口にするとまずいと勘違いしたのか、そいつはさっさと別の友達の輪に飛び込んでいった。
あの出来事の翌日。僕は、彼女との仲がそのまま疎遠になるのが嫌で、やっとの思いで山本を呼びだして・・・。
そして伝えることができたんだ、「ありがとう」って。「いつまでも僕たちは親友だよね。」って。
山本はただただ「ゴメンね。」って言って泣いていた。
そして最後に一言だけ、「アナタの気持ちは知ってたのにね。」とも・・・。僕はこの春から、希望したトコロとは少しだけ違う学校に行くことになった。
新天地での一人暮らしも始まる。
期待と不安。
山本のお陰で少しだけ成長した僕の姿を、いつかキャンパスの中に見つけてくれる人はいるだろうか・・・。Fin
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“sentimental graffiti”はNECインターチャネル/マーカス/サイベル/コミックスの著作物です。