『行方』(ゆくえ)


 ・・・あの人が逝ってから、今日でもう一週間になる。


 未だに実感が湧かない。



 私は自分の机の上にあるノートパソコンを見つめた。

「高校を卒業したら会う機会もぐっと減るし、電話ですれ違うのはもうコリゴリだから。」

そう言って、あの人は笑った。その日、あの人が持ってきてくれたのだ。

「僕のお下がりで悪いんだけど。」

あの人とメールのやりとりをするために、私は使い方を必死で教わった。
「メールのやりとりをするためだけ」と言い換えてもいい。








「無駄になっちゃったか、な?」

ふぅ、と、少し大げさなため息をついてみる。誰に聞いてもらうでもなく。







 実際、あの人とメールのやりとりをしていたのはホンの僅かな間だった。全部で三十通にも満たないだろう。
 今でもフォルダに残っている文字の羅列の全てが、あの人と過ごした時間の証だ。それだけは確かだ。
 電話口では無口だったあの人は、しかし単に話し下手だったというだけだったらしい。
 メールでのあの人は雄弁で、おどおどしたカンジなんか全然なくて、私をいつも笑わせてくれ、励ましてくれた。

 次のデートの約束も、必ずこれだった。
 デートから帰ってきたら、もうその日の夜には「お疲れさま」って入ってた。
 私もすぐに返事を送った。
 あのころは楽しかった。







 そのあの人が、今はこの世にいない。







 あの人のお父さんから連絡をもらった時は、最初なにを言われているのか解らなかった。
 ただ、「手帳にあなたのお名前が見られましたので・・・。」とだけ、お父さんは言った。
 すぐにあの人の家に向かい、白い箱の中でまるで眠っているように横たわっているあの人を見た。

 私はそれを、その光景をただただ見つめていた。

 その日はそのままお線香を手向けて、呆然としながら帰りの電車に乗った。
 帰る間際にあの人のご両親がなにか言っていたが、家に帰り着いたら全然覚えていなかった。







 私はもう一度ため息をつくと、今日も届くはずのないメールを確認するために電源を入れる。
 どうせまた、いつもと同じなのだろう。回線は新着のメールがないということだけを告げて、ものの10秒程度で勝手に切れるのだ。




 もう、やめてしまおう。




 そう思いつつも、しかし昨日もこれに向かっていた。なにも、・・・・・・なにも言わないで逝くなんて、ちょっとひどい。
 せめて、なにか一言あってもいいんじゃないの?? ねぇ、私はここだよ。ここにいるんだよ??
 なんで何も言ってくれないの??



 電話回線が、今日もひどく耳障りな音を立ててサーバーに接続しにいった。
 私はもうお風呂の支度を整え、電話が途切れたらすぐに湯船に飛び込むつもりでいた。







 「メールが来ました。」







 ・・・新着メールを知らせる設定の声は、私の動きをたっぷり5秒は止めていただろう。

 私のアドレスはあの人以外には教えていない。
 そもそも、すれ違いの多かったあの人とのコンタクトを確実にしたかっただけだから、友達に教えようなんてちっとも思い浮かばなかった・・・。







 私はふるえる体をしっかりと抱きしめ、モニターに向かった。
 矢印型のカーソルは、私の動きに会わせて左右に大きく振れた。
 封筒の形をしたアイコンをクリックする。

送信者 : E塚  件名 : 次のデートはね
宛先 : アスカ

 やっ、こないだはお疲れさま。楽しんでもらえたかな、東京の下町見物は??

 アスカってああいうとこ、あまり好きじゃないかと思ってたけど、考えてみたら去年一緒にお祭りに行った時は、わざわざ浴衣に着替えてきてくれたこともあったんだよね。結構ノリノリではしゃいでたよね(^^)。

 さて、次回はまた僕でいいんだよね。でもさー、いくら忙しいからって、僕にばっかり案内役を押しつけたままってのはちょっとズルくないかい?? 立て続けにもう4回はやってるような・・・。

 ウソウソ、これでも結構楽しんでるんだよ。<<(本当)

 いままではアスカに案内してもらってばっかりだったしね。東京にだって、まだまだ面白い場所、たくさんあるんだよ。

 とりあえず、次は下記の場所で。連絡はいつも通り、「断りの返事がなかったらOKとみなす。」だからね。都合が悪かったら早めにね。それじゃ!!



 私はそこまで読んでハッと気づいた。指定された日付は明日。場所は、東京湾に面している臨海公園の水族館前。午前11時。




 ドクン、と自分の心臓が大きな音を立てる。




ウソよ。

なにかの間違いよ。




 だって、あの人はいないのよ?

 この間、死んだって・・・。




 私、あの人の家に行って、お線香をあげて、ご両親にあいさつして・・・・・・。







 私の頭の中は、「まさか」と「もしや」って言葉で占領されている。冷静でいられない。

気を落ち着かせるために電源を落とし、私はのろのろとお風呂へ向かった。







 ・・・どこをどう洗ったのか覚えていない。

湯上がりに姿見で見てみたら、こすりすぎた左腕が少し赤くなっていた。











 次の日。







 頭では解っているつもりなのに、気がつくと私は電車に乗っていた。





 約束の場所に着く。
 なるほど、これなら誰がどこから来てもわかるようね。
 広い待ち合わせ場所への入り口は、でもたった一箇所しかない。





 時刻は、約束の時間よりもちょっとだけ早い。
 頭のなかでは夕べの続き、「まさか」と「もしや」でいっぱいだ。















 待つ。















 ただ、待つだけ。















 こんなに待つのは久しぶり。


































 来ない。











 まだ、来ない。










 ・・・このカンジ、以前どこかで・・・。
































 ああ、そうか。



 私たち、またすれ違っちゃったんだ。



 そうだよね。



 あのときだって、私とあの人、どちらも悪くなくて、でもすれ違っちゃって・・・・・・。













 不意に涙がこぼれた。
 こぼれだしたら止まらなくなった。





 やっぱり、あの人は来ない。来られる筈がないんだ。



 今頃実感したのね、私・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。バカね。
 なにもこんな人前で気がつかなくったっていいのに・・・・・・・・・。









 私の周囲に人が集まってきた。

 涙は止められない。

 でも、誰も声をかける訳ではない。

 私は、その優しさに感謝しながら走り出した。






 今となっては無意味な、ちょっとおめかししたつもりのパンプスが、私の足取りをスムーズにさせてくれない・・・・・・。



 私は何度か転びそうになった。涙はそのたびに地面に大きなシミを作った。













 その5日後。



 あの人の両親が私の家までやってきた。
 まず最初にお父さんが、次にお母さんが頭を下げた。



 きっと私はきょとんとしていたに違いない。
 その私を見て、あの人のお母さんがこう言った。



「息子の私物を整理していた時に、最後まで手つかずだったパソコンをなんとかしてもらおうと知人に操作をお願いしたのです。
ですが、電源を入れて起動した途端に、なんですか、どこかに残っていた電子メールが発送されてしまったらしくて・・・。」



 お父さんが続きを話す。



「なにせ電子メールというのはお互いに本名を明かさないらしいですね。
そのせいで、私たちも送り先がどこの誰なのかが判らず、・・・やっと昨日あなたらしいということに気がつきまして。
本当に、申し訳ありませんでした。」



 そう言って、またご両親は深々と頭を下げた。
 きっと、普段はパソコンなんか触らない人たちなのだろう。



 私はなんだか急に疲れてしまい、返事もそこそこに自室へ駆け上がった。
 後ろで母が怒鳴る声がした。











 部屋のノートパソコンの電源を入れる。



 OSの起動画面がしばらくうっとうしかったけれど、やがて程なくメールソフトが立ち上がった。

 そのまま自動的にサーバーへ接続を試みている。







 あの人は。









 あの人は、きっと深夜になって混み始めたからなかなか送れずにいたのね。

 そのままその日は断念して。

 ・・・次の日の朝イチにでも送ってくれれば良かったのに。



















 あれからずっと泣きっぱなしで、もうとっくに涸れたんじゃないかと思っていたのに、また視界がぼやけてゆく。









 バカ。







 本当にバカなんだから。







 あなたって、本当にタイミングが悪いんだから。







 ほんとに、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

































 明日、お墓参りに行こう。



 今度は、・・・・・・・・・・・今度からはいつでも会えるんだもん。



 ・・・・・・ねぇ。今度はちゃんと待っててくれるよね・・・・・・。







 視界がますますぼやける。でも、泣くもんか。






 目をこすり、パソコンの電源を落とすと、私はあの人のご両親にその場所を教えてもらうため、階段を下りていった。

 足取りが妙に軽かったのは一体なぜなんだろう、と、その時には気づかなかった。








Fin.






 ・・・・・・ううっ。なんだか全然救いようのないお話になってしまいました(T^T)。

ベースとしては『野菊の墓』(伊藤左千夫)ですかね。なんだか、せっかくDLしてくださった皆様に申し訳ないです。

今度は明るくギャグ作品に挑戦してみようか、な?? <<(滑りそーだなー・・・).



“sentimental graffiti”はNECインターチャネル/マーカス/サイベル/コミックスの著作物です。.