「あーっ、もう !!」

 いい加減に疲れてきたのか、千恵は抱え込んでいたクラシックギターをベッドに放り出した。

 近頃あまり見かけなくなった、スプルース材のカスタムメイド。色はシックなサンバーストだ。
 見る角度によっては濃いセピア色にも映るそのギターをちょっとだけ横目で睨んで、

「ネック、やっぱり広いよねー・・・。」と、恨めしそうにつぶやく。


 千恵の挫折は、今日で通算8回目である。
 ベッドに縋りながら、もそもそと近くにあったラジオのスイッチを入れる。入れた途端、

「も、今日はいいや・・・。」と、体中のチカラを抜く。

 ラジオからはナントカ系のロックバンド特集が組まれており、趣味ではないがライトなギターが、それでも元気良くかき鳴らされ始めた。

 ちょっとだけ夏を予感させる風が部屋を吹き抜け、千恵はいつしかうつらうつらとしていった・・・。







"Noisy Guitar"







 その柔らかな音色に、千恵は一瞬にして心を奪われた。

 普段の自分なら決してそんなものには見向きなどしなかったハズだ。
 アルペジオを弾きやすくするため。または太いナイロン弦を使うため・・・。

 だからなのか、クラシックギターのネックは太い。いや、幅が広いのだ。

 千恵の掌は、決して大きいという訳ではない。ましてや男のソレと比較すれば、明らかに「可愛い」部類になるだろう。
 もっとも、指先には弦ダコが「アタシはギタリストなんだよっ !!」とばかりにキチッと自己主張をしているが・・・。

 だから、クラシックギターなんてとても弾く気になれなかった。いや、弾く機会など一生ないだろうとさえ思っていた。



しかし、今は違う。



 先日、わざわざ福岡まで自分に会いに来てくれたアイツ。
 中学の卒業式当日、生まれて初めて作ったバラードを、しかし聴かせることのないままに引っ越してしまったアイツ。
 あのころの切ないもどかしさがあっという間に心の内を満たすのに、時間はそれほどかからなかった。
 そして何故だか、こんな考えがふと浮かんだのだ。




あのバラードには、硬質なスチール弦よりも柔らかなナイロン弦の方が似合うのでは、と・・・。




そう考えた千恵は、いつもお世話になってる貸しスタのマスターのつてで、例のギターを手に入れたのである。




 「どーゆー心境の変化だよ、千恵。ああん??」

 面白半分といったカンジで、案の定マスターがからかう。

 「えっ、いや、ホラ、なにごとも勉強だろ?? もっと上をねらうには、色々とやっといた方がいいかなぁって、さ。」

 「ほほーぅ。」

 「な、なんだよお・・・。」

 「・・・まっ、いいか。これ以上詮索すると、おっかない鉄拳が飛んできそうだからな。」

 「あっ、曲がりなりにもお客に向かって、フツーそういうコト言うかなぁー。」

 「おお、コワイコワイ。」

 「ちょっ、ちょっとさー、マスター !!」



 ・・・やっぱり、ちょっとだけ浮き上がっていたのは認めよう。

 それからしばらく、千恵はこの新しいギターを何度かつま弾いてみた。

音は確かにいい。あのバラードにもぴったりだとも思う。

 でも挫折ばかりしているせいで、だんだん自分が世界一へたっぴなギタリストのような気さえしてきた。
 もちろんアイツに聴かせるなんてとんでもない。
 おまけに最近は、アイツが今頃になって現れたことすらなんだか迷惑だとさえ考え始めるようになってしまっていた。

 ・・・もっとも、アイツにたった一言「会いたい」としたためた手紙を投函したのは、他ならぬ自分だ。
 それだけはまったくもって「オカドチガイ」なのは判っているが・・・。



それにしてもこの手だけは。

「オヤジ、オフクロ。・・・恨むよ、ホントさぁ。」

なんだか自分が自分じゃないような気さえしてきた。これはかなり重症だなと自分でも思う・・・。






・・・・・・ラジオの音がぼんやり聞こえている。ちょっとうたた寝をしてしまったようだ。



なんだか、すごくイヤな気分になってしまった。

千恵は起きあがるでもなく、そのままの姿勢でボンヤリとベッドにカラダを預けていた。

この気分って、なんて言うんだっけ?

ダルい、じゃなくて、疲れた、でもない。アンニュイ、だっけ? よせやい、アタシらしくもない。

時計を見ると、さっきから時間はあまり経っていない。



 ラジオからはさっきと変わらない、ちょっとだけ耳障りなギターがまだ聞こえる。同じバンドの連中が歌っているらしい。

 ふと耳に入る歌詞。



「小さな手に合うギターを探せば、きっと楽になれるよ」



「?!!」



そのラジオは続けてこう言った。



「小さな手で僕を突き飛ばせば、きっと楽になれるよ」



 今度は体ごとガバッと跳ね起きた。今、・・・・・・今なんて言った?!!

 千恵は噛みつきそうな勢いでラジオを聞き続けた。






 番組の終盤で、ようやくバンド名が判った。そしてアルバムが出ていることも。

 なんだかひどくアタマにきた。バカにされたと言うより、自分の恥ずかしいトコロを思いっ切り「見透かされた」ような気がしたからだ。

 ソッコーで着替えて、近所のレコード屋に駆け込む。





 ない。

 ここには無いのか。やっぱり、もう少し大きい店にでも行かないと。
 一旦家に戻り、今度はバイクに乗ってたまにしか行かない店まで出張った。





 無い。

 次っ。





 無い。

 ここもか。

 次っ。








 ・・・どのくらいまわったか。
 最後の最後に、千恵は天神のとある店まで来てしまった。


 「今度見つからなかったらタダじゃおかないからなっ !!」


 既に当初の目的を見失いつつある自分にさらに腹を立て、千恵は勢いよく店の中に入っていった。


 「いらっしゃ・・・・・・。」


 なよっとした茶髪の店員をキッとにらみつけ、千恵はそれらしいコーナーを物色する。







 いた。

 いたぞコノヤロー。

 タイトルもバンド名も、さっき聞いたFMのものと同じ。よし、これだっ。







 白地に子供の落書きのようなイラストのついたお目当てのアルバムは、・・・しかし妙に軽い印象を受ける。

 (あれ? 確かロックの特集だったよな・・・。)

 念のため裏をひっくり返して、さらに帯封を見たそのとき、眼に飛び込んできたのは、





「脱力パワーポップバンド登場 !! その名も・・・」





 ・・・・・・千恵の中で何かが音を立てて崩れていった。





 ・・・・・・・・・・・・・だ、脱力? しかも・・・・・・・・ポップだってぇ?!!





 胸を通り過ぎる一陣の風。

















 何分そうしていたのやら。
 ピクリとも動かなくなった千恵を、さっきビビって引いてしまった店員が恐る恐るうかがう。





 ・・・やがて、千恵の肩が小刻みにふるえだしたと思いきや、

「ぷぷっ、・・・くっくっくっ・・・。あっはっはっはっはっはっはっはっはっ、はーっはっはっはっはっはっはっはっはっ !!」

 哄笑が店内を支配した。ひきつる店員とたじろぐ客。





 ひとしきり笑ってから千恵はそのアルバムを、おびえる店員に向かってポンと投げてよこした。



 「買うよ。」まだくっくっと笑いながら、千恵は涙目で店員を見た。




 「はっ、はいいっ !! ありがとうございますっ !!」
 慌ててCDを包みながら、・・・しかし店員はこう千恵に訊いてみた。



「なにか、面白いバンドなんですか??」

「うん。まるで今のアタシそっくりだよ。」



 勘定を済ませ、目を丸くする店員をあとにして店を出てバイクのメットをかぶる。
 あごひもを結ぶ間にも、またおかしさがこみ上げてきた。





 ホント、ここンところのアタシって、おかしかったんだろうなぁ。





 いいじゃないか、スチール弦のフォークギターだって。
 考えてみればあのバラードを作った時だって、フォークギターを片手にしてたじゃないか。





 「今」のアイツに、無理に「今」のアタシを見せることなんかないんだ。
 あの時の気持ちで歌えばいいんだよ、あの時のギターで、あの時のアタシのままで・・・・・・。




(そう。アタシの気持ちは、あの頃と何一つ変わっちゃいないんだから、さ。)









 エンジンがかかると、バイクはすぐさま発進して見る見るスピードを上げた。

 それがまるで何かを懸命に振り払おうとしているかのようにも見えたのは、きっと気のせいではないのだろう・・・。




Fin.


(あとがきのようなもの)

・・・千恵ファンの方っ、石をぶつけないでくださいっ?!!
これ、先日とある曲に影響されて一気に書き上げました。
まさか自分が千恵の話を書くことになるとは今の今まで全然想像できませんでしたが(笑)。

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