自衛隊とミサイル防衛

 


【BMDとTMD】

 昨年8月のいわゆる「テポドン事件」を契機に、遂に日本は「弾道ミサイル防衛」の研究開発に参加する事が決まりました。
まぁ、近くて遠い隣人が怪しい行動をしているので致し方ないのでしょうか。

 と、そんなことはさておき、政府やマスコミの動向を観察していて気がついたのですが、以前は「TMD」という言葉を使用していたのに、最近では「BMD」という言葉を使用しています。特に政府は「TMD」という言葉を一切使わなくなりました。
最初は疑問に思っていたのですが最近やっと謎が解けました。

 理由は簡単な事でした。
アメリカにはBMD、つまり「弾道ミサイル防衛」という計画があります。そしてBMDを「NMD」と「TMD」という2つに大きく分けています。
NMDとは「国家ミサイル防衛」の事で、国家、つまり自国を弾道ミサイルから守るための計画です。一方、TMDとは「戦域ミサイル防衛」と言い、アメリカ本国以外で展開している米軍や同盟国を弾道ミサイルから守るための計画です。
 つまり、アメリカから見た場合、日本をカバーするのだから「TMD」ということになります。だから日本でも正式参加以前はTMDと言っていたのです。
ところが、日本人にしてみれば日本は「戦域(Theater:シアター)」ではないですよね。だって自分たちの国を守る防衛システムなんですから。だから全般的概念である「弾道ミサイル防衛」、つまり「BMD」という言葉を使用するようになったらしいのです。
ま、当然といえば当然か。


【TMDプログラム】

 アメリカのTMD計画は3段階に分割され段階的に進められている。

《第1段階》

●地対空ミサイル「ホーク改良発展型」
 中低空用地対空ミサイル「ホーク」の、小型目標(ミサイル)撃墜能力向上型。すでに配備は完了している。

●地対空ミサイル「ペトリオットPAC2GEM」
 地対空ミサイル「ペトリオットPAC2」の、小型目標(ミサイル)撃墜能力向上型。すでに配備は完了している。

●タロン・シールド統合戦術システム
 戦域(前線)における、弾道ミサイルの発見・識別・要撃を速やかに実行するための警戒通信システム。すでに配備は完了している。

《第2段階》

●ペトリオットPAC3
 名前こそ「ペトリオット」だが、実質はBMD計画の前身である「GPALS計画」で研究開発された「ERINT(拡大射程迎撃体)」の事。従来のペトリオットシステムを使用して発射するので名称はそのままになっているだけ。開発は順調で、数年後には米陸軍の全ペトリオットの改修が終了する予定。

●THAAD(戦域高高度地域防衛)
その射程距離が大気圏内から100kmの大気圏外までと広範囲にわたり、「ペトリオットPAC3」では迎撃できない高高度を担当する。TMDの中核と言われ、弾道ミサイル防衛の主力とされている。
ところが現在まで繰り返し行われた発射実験はいずれも失敗に終わっており、今後の行方が心配されている。

●NAD(海軍地域防衛)
 海上から大気圏内の弾道ミサイルを迎撃する。イージス艦用スタンダードミサイルSM2をブロック4に改修する計画。レーダーホーミングのスタンダードに赤外線ホーミング装置を付加し、能力向上をはかる。ペトリオットPAC3と同様、配備開始が目前である。

《第3段階》

●中規模拡大防空システム
 まだ机上段階である。「ホーク」の実質的後継システムとして期待されている。

●NTWD(海軍戦域防衛)
 イージスシステムを改良して、大気圏外までの範囲を迎撃対象にしている。海上版THAADと言った位置づけ。
現在は「LEAP(軽量大気圏外迎撃体)」という名称で呼ばれる「ミサイル弾頭」を開発中である。やっと、概念的なものから研究開発段階に移った、という感じであり完成までにはまだ時間がかかるだろう。
ちなみに、日本の主要担当分野が、このNTWDである。

《蛇足》
 これまで、TMD第2段階の3つが「コア・TMD」などと呼ばれておりTMDの重要計画とされていたが、どうも日本が参加決定してからは、第2段階の3つと「NTWD(海軍戦域防衛)」を加えて、「4つのコア・プログラム」と呼ばれつつあるようだ。
 ところで、これら計画は今後の行方がなかなか推測できず、日本語訳にしても書物によって微妙に違っている。例えば「戦域」が「空域」だったりしたりする。一番変化しているのが防衛庁の訳で、「NTWD」の事を「海上配備型上層システム」と言っている。


【日本の担当】

 日本の正式参加を数年前より打診していたアメリカですから、早速調整会議が開かれ、瞬く間に日本が担当する分野が決まりました。いや、正確にはまだ検討段階ですけどね。 担当は「ノーズコーン」「キネティック弾頭」「赤外線シーカー」「第2段ロケットモーター」の4つです。

〈ノーズコーン〉
 飛翔中の加熱から弾頭や赤外線シーカーを守るための覆いの事。つまりミサイルの先端カバーですね。

〈キネティック弾頭〉
 その名のとおり弾頭です。これは火薬等を使用した弾頭ではなく、運動エネルギーで目標を破壊するタイプの弾頭です。簡単に言えばピストルの弾と同じです。

〈赤外線シーカー〉
 目標から放出される赤外線感知して識別・追尾する装置。ミサイルの「目」ですね。憶測ですが、恐らく日本得意の「赤外線画像技術」が使用されるでしょう(この技術、アメリカが欲しがってるんですよねぇ)。

〈第2段ロケットモーター〉
 その名のとおり2段目に使用されるロケットですね。ちなみに予定では3段式ロケットになるようです。


上記にも書いたとおり、あくまでも検討段階なので今後の調整でどうなるかは分かりません。


【技術と費用】

 「本当に実現可能なのか」という話をよく耳にします。
たしかに「技術的ハードル」は相当高いようです。よく使われる比喩として、「ピストルの弾をピストルで撃ち落とすようなものだ」とか「戦車砲の弾を対空砲で撃ち落とすようなものだ」と言われます。たしかにそうなのでしょう。素人目に見ても、その難しさは想像できますよね。

 で、難しいということはそれだけ研究費が必要ということでして、ご多分に漏れず日本の分担金も高額です。
とりあえず防衛庁では平成11年度予算として9億6千万円を計上しています。防衛庁の見積もりでは、今後5、6年の間に200億円から300億円になると予想しているようです。
しかしこれはあくまでも研究費の話で、実際に導入配備するとなるともっと経費がかかるでしょう。
さて、今後いったいどの様に推移していくのでしょうか。


 まぁ、具体的な事がはっきりしていないし、アメリカのTMDと日本のBMDでは内容や意味合いが若干異なるようだし、THAADにしても導入するのかどうかよく分かりませんしねぇ。ま、順調に開発が進めばいずれ導入するでしょうが。
それにしても、何かややこしいですよね。


1999.4.17

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