Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第107夜

隔靴掻痒




 にもやったが、方言の会話を文字で書くとかなり読みづらい。
お、久しぶりだねが。まめでらが。
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「まめだが」ど。このめ、腹わりぐしてや、病院さ運ばいで。なんと、死ぬどごでった。
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まだ、ほいどぐいしたぁづが。
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やがましねでんが。
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でねば呑み過ぎだべせ。めだばまずのでばしだもの。
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あだりめだ。酒やめるよりだば病気なる。
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好きだいにせ
 どうだ、わからんだろう
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 ネイティブだって、これを読むのには一苦労のはずだ。


 理由はいくつか考えられる。
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 まず、漢字を使いにくいこと。仮名だけの文章は読みにくいのだ。幼児向けの絵本や小
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学校1年生の教科書を読んで見るとわかる。
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 漢字が使いづらいのは音が違うからである。上の文章を、極力、漢字を使って書くと:
お、久しぶりだねが。忠実でらが。
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「忠実だが」ど。この前、腹悪ぐしてや、病院さ運ばいで。なんと、死ぬどごでった。
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まだ、乞食食いしたぁづが。
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喧しねでんが。
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でねば呑み過ぎだべせ。お前だばまず呑んでばしだもの。
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当たり前だ。酒やめるよりだば病気なる。
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好きだ様にせ
 となる。
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 「悪ぐ」などは、黙って出すと「わるぐ」と読まれてしまうだろうから、音に忠実にな
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ろうとすると「わりぐ」と書かざるを得ない。
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 「でねば」を「出ねば」と解釈してしまうと後で矛盾を来すので、ここまで戻って読み
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直さなければならない。これも読みにくさの原因となる。


 もう一つ音の問題を挙げると、音が繋がってしまうので、区切りにくいことがある。
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 「死ぬどごでった」は、もうちょっと長く書くと「死ぬどごであった」となるのだが、「あ」
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はほとんど聞こえないので、落としちゃおっかなぁ、と思う。「喧しねでんが」も、本来
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は「喧しねで、んが」と 2 語なのだが、ほとんど途切れないので、音に忠実に書くとこ
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うなる。
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 その結果、表記による区別が、意味の弁別に寄与しにくくなるのである。


 最後は慣れ
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 よっぽど特殊な状況でない限り、秋田弁の文章を文字で読むことはない。
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 慣れの問題である証拠に、全編が大阪弁の「大阪豆ゴハン」は、一部の聞きなれな
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い単語や表現を除けば、ネイティブではない俺でもスラスラと読めた。ほかの方言に比
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べて、大阪弁についての知識はかなり持っているし、そういう文章も比較的多いからと
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思われる。
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 秋田弁で文章を書く、という行為が一般化すれば、かなり読みやすくなるはずだ。


 「もう呑んでばっかりで困ってしまうのさ
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 これを言ったのは誰だろう。
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 さっきの例にあげたのは酒飲みのおじさんだったが、これは、そういう人を父にしてし
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まった長男の嘆きだと考えることができる。諦めているのか、かなり厭世的になっている
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ようだ。ため息まで聞こえてくる。東京出身であろうか。
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 さにあらず。
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 これはれっきとした津軽弁である。話者は女性である可能性が高いが、男性であっても
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かまわない。
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 アクセントを示してみると:
 もうのんばっかりでこまっしまう
 となる。東京弁だと
 もうんでばっかりでこってしまうのさ
 こんな感じか。
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 もっと詳しく言えば、津軽弁の「のさ」は、「のっさ〜」と書いた方が雰囲気が出る。
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 『サライ(小学館)』という雑誌の 11/19 号 で、芸術家へのインタビュー記事があった
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のだが、その人の発言にやたらと「のさ」が出てくる。東京出身なのかな、年齢の割に
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若い言葉づかいだなぁ、と思っていたが、記事を読み進んだら、青森市在住であること
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がわかった。なるほど、と合点。
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 やっぱり方言は音の言語だなぁ、と思った次第。


 例文の標準誤訳を忘れていた。
お、久しぶりだねぇ。元気か。
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「元気か」だと? この前、お腹を壊して、病院に運ばれたよ。死ぬところだった。
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また拾ったものを食ったんだろう。
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うるさいね、お前は。
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でなければ呑み過ぎだろう。お前ときたら呑んでばっかりだから。
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当たり前だ。酒をやめるよりだったら、病気になった方がましだ。
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好きなようにしろ。
 である。



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第108夜「雑誌で取り上げる方言−1990/1998−」

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