Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜
第67夜
L
標準語の文法では、五段動詞に「〜える」を追加すると可能の意味を持つ動詞になる事
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になっている。「買う−買える」「書く−書ける」「炊く−炊ける」…等など。「裂く−裂ける」
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「割る−割れる」は自動詞にもなるのか? まぁいいや。
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これを秋田弁でやるとどうなるか。
「ごしゃぐ(怒る)」が「ごしゃげる」
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「挟む」が「挟める」
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「まぐ(撒く)」が「まげる」
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「つかむ」が「つかめる」
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「どぐ(どく)」が「どげる」
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これがまた何も起こらないのだ。意味は同じなのである。
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あるいは、もともと「まぐ」と「まげる」の二つの単語があるのだ、とも言える。
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「そんたごど 言えば あの人 ごしゃげらんでね」も「そんたごど 言えば あの人 ごしゃが
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んでね」も「そんな事を言ったらあの人は怒るのではないか」という意味である。
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「つまづいで 持ったった 書類 撒いでしまった」も「つまづいで 持ったった 書類 撒げで
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しまった」も同じで「つまづいて、持ってた書類を撒いてしまった」。
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俺の知る限り交換可能で、地域差も年代差もない(断言していいのか、という気もするが)。
話は変わるが、「挟む」っていうのも不思議な単語である。挟む方と挟まれる方が簡単
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に入れ替わる。
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何を言ってるのかわからない?
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「栞を本に挟む」と言う時は、「栞を本の間に差し入れる」のであり、「洗濯挟みでシャツ
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をとめる」という場合、「シャツの上(外)から押さえる」のである。サンドイッチ状態になっ
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ているのに変わりはないが、動いているのがどっちか、というのが違う。
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まぁ、栞を挟むとき、本を動かさずにやる人もいないが、わかって欲しい。
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この違いは受け身にしようとしてみると分かる。
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「栞が挟まっている」とは言うが「シャツが挟まっている」とは言わない。
閑話休題。
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「つかめる」あたりは「つかまえる」の変化したものかな、という気もするが、子供に「落
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どさねいに ちゃんと つかめでおげよ」と言ったりしない事はないので、これは「つかむ」+
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「える」ではないかと思う(*)。
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「転げる」なんてのもある。これは確かに国語辞典にも載ってるし、仮名漢がきちんと
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変換するところを見ると一応は標準の現代語なんであろう。しかし、俺は「転げていく」
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なんて表現を聞いた事が無いような気がするのだけれども。「転げでいぐ」ならあるが。
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標準語としては「転がっていく」が普通ではあるまいか。
再び話が変わる。
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最初に、標準語では「〜える」を追加すると自動詞になる事もある、と書いて、「割る
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−割れる」の例を挙げた。
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実は今回の文章を書いてる間に気づいたのだが、これ、秋田弁でやると音が違うの
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である。
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つまり、
自動詞で、割れるものが主語に来る場合は「割いる」
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他動詞で、人が主語で割れるものが目的語の場合「割れる」
となるのである。
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例を挙げれば、
「ブラウン管って なんぼ 叩いても 割いねなー。小錦でも 割れねや」
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(ブラウン管って、どんなに叩いても割れないねぇ。小錦でも 割れないよ)
となる。「割る事ができる」の意味ではどちらの箇所にも登場できるので、ちょっと違
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いがわかりにくいかもしれない。
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このことは、現在は、可能にするにも自発にするにも「〜える」を追加しているが、以
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前は、互いに別の要素で行われていたのではないか、という可能性を示唆する。
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なぜ「示唆」どまりなのかというと、この現象は「裂く−裂ける」では見られないから
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だが。
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それに、「割る事ができる」の「割れる」の場合は「れ」にアクセントがある。したがっ
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てイ音便化できなかったのではないか、という解釈も可能だ。尤も、これについては、
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なぜ自動詞である「割れる」の「れ」にアクセントがないのか、という疑問も生じるのだ
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が。
誰か調べてくださいな。どっかに書いてるのかもしれないけど。
注:この例に関して言えば「持ってれよ」というのが普通だ。
音声サンプル(.WAV)
つかめる(25KB)
割いる(自動詞)(31KB)
割れる(割ることができる)(45KB)
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