Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜



第883夜

秋田弁単語カード (前)



 何度か紹介している、『あきた4こまち!』などのこばやしたけし氏の、えっと…グッズ。
   
 見ての通りの単語帳。作ったのはくまがい印刷*1で、奥付も ISBN もないから「本」ではない。本屋でも売ってるが、各種メディアではお土産品という紹介もされている。前書きの部分にも (本じゃないんだけどね)、「言葉のお土産」てなことが書かれている。
 土産物を売ってるような場所に行く機会がないので、そういうとこではどんな感じで売られてるのかは不明。
 俺が買ったのは本屋だが、ご当地ものというくくりで、赤坂憲雄氏の本や、司馬遼太郎の『街道をゆく』の東北あたりの巻と一緒に並べられていた。
 というようなわけで、いくつか単語を拾ってあれこれ書いてみようと思う。

 トップは「あいー」。呆れたときに出てくる間投詞。
   
 という表記になっている、ということはこの単語カードはヘボン式ローマ字で書く、ということになる。
 ローマ字表記がヘボン式と訓令式とあることは知ってたが、Wikipedia で確認してみたら、思ったより混乱状態である。確かに、駅名なんかどっちとも違うなぁ、とは思っていた(たとえば、神保町が“Jimbochou”と、‘b’の前だから‘m’、と英語風になっていることがある。「保」が“bo”で「町」が“chou”なのはどういう理屈だろう。旗本の神保氏からきている、という語源意識?)。
 以下、「あらげる (暴れる)」「あんべわり (状況が悪い)」「いがった (よかった)」と続く。用例は「機嫌悪いからって、あらげるな」「道がぬかるんで、あんべわりーな」「テストが赤点で無くて、いがったー」と、ちょっと秋田弁色抑え目である。もうちょっと発音に忠実に書くと「機嫌わりがらって」「 (みぢ) ぬがるんで」「テスト赤点 (あがてん) でねくて」となる。よその土地の人が買っていくことを考慮したのか。小さいから、全体の訳は載せづらいだろうし。

 単語帳だからか、語釈は一語で行われている。
うだで」が「不快だ」になっているが、「うだで」はもうちょっと守備範囲が広い。嫌悪感、近寄りたくない、という感じなども含む。ここでは「学校のテストがつづく状態」を例に挙げているが、『語源探求 秋田方言辞典 (中山健、秋田協同書籍)』は「車にひかれた動物の死体」も挙げている。

えふりこぎ」は「いい格好したがり」だが、イラストではユリが新しいスマホを自慢している (上の写真でちょっと見えている)。
 これ、ちょっと違和感がある。辞典の語義を上げてみる。
『秋田のことば (秋田県教育委員会編、無明舎出版)』
 見出し語としての「えふりこぎ」なく、「おんばぐもの」の中に同義語として挙げられている。「おんばぐもの」は、「見栄っ張り。おしゃれな人」「派手好き」という説明もある。
『語源探究』
(1) 見栄っ張り。気取ること。(2) 裏で悪いことをしていながら、人前でいい人のようにふるまうこと。
『本荘・由利のことばっこ (本荘市教育委員会、秋田文化出版)』
自慢。好い振りをする人。見栄張る人。気取ること。
 三つとも微妙に食い違っているが、どれにも共通するのは「見栄をはる」ことである。新しいスマホで見栄を張るんだとすると、懐に余裕がなくて、本当はそんなもの買ってる場合ではない、というケースで、そのイラストだけでは情報が足りない。俺の語感はここが中心領域らしいので、違和感を覚えるのだろう。
「派手好き」や「自慢」はそのまま当てはまる。
『秋田のことば』の「おんばくもの」は「枉惑者」と書くらしいが、『語源探究』にも『本荘・由利のことばっこ』にも載っていない。「枉惑者」をググったら、中国語の記事が一件だけヒットしたが、中国語故「枉惑者」という一単語なのかどうかわからない。大辞泉によれば「枉惑」自体は、「道義に反する言動によって人を惑わすこと」という意味だそうである。ちょっと「えふりこぎ」からは遠いような気がするが。

おがだー (あんまりだー)」の後にワンポイントチェックがある。
〜っこ」をつける、という話だが、「〜っこ」は抽象名詞にはつかない、ということはかなりにした。「雪っこ」はいいが「寒さっこ」とは言わない。また、多少なりとも親しみのもてるものに適用される指小辞なので、「酒っこ」はいいが「アルコールっこ」は言いづらい。言うとしたら、化学系の仕事をしてる人くらいか。
「語尾に『〜っこ』を」とあるが、「語尾」というのは活用する語の後部や文・文節の後部を言うので、細かいことを言えば、この使い方は間違い。
 裏にもう一つワンポイントがあり、「秋田では『標準語』と『秋田弁』を TPO に合わせて使い分けする人が多いです」。これはポイント高い。何度も書いたことだが、方言主流社会では、標準語を使う、というのが敬語表現の一方法となる。

おがる (育つ)」は“Ogaru”と表記されているが、「」は鼻濁音である。ローマ字表記では鼻濁音と濁音をかき分けることはできない。「ん」の後に生じる鼻濁音なら“ng”と書くこともできるが、これはそうもいかない。

 と、このあたりで紙幅が尽きるわけだが、まだ全 73 語のうち、11 語までしか到達していない。
 商売の邪魔になるので一語一語、全部を紹介する気はないんだが、ちょっと端折った方がいいようだ。




*1
『あきたをおしえて!!』を出した
くまがい書房ではない。()





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